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口腔ケア

口腔ケア【目的と目標を持たせる】 (前編)

義歯を作る前に口腔内環境を整える

ある地方の歯科医院が、Aさん(54歳・女性)の口腔内を診察しました。
Aさんは2年前に脳梗塞で倒れ左半身が麻痺し、車イスを使いながら自宅療養中です。その他に骨粗鬆症・高血圧症・てんかんと複数の全身疾患を患っています。

当医院には義歯を作りたいと来院されました。
口腔内は清掃不良で上顎に5本、下顎に6本しか歯がありません。
残存歯はすでに重度の歯周炎でむし歯にもなっていました。前歯1本は抜歯しなければ義歯は作れません。
しかし骨粗鬆症治療薬を服用しているため、休薬してからの抜歯、義歯作成となります。
休薬中に口腔内環境を良好にしていかなければなりません(※)。

幸い麻痺は左手でしたので、右手で歯ブラシを持ち歯磨きの練習をしました。右手は使えても口腔周囲の筋肉が緊張し、かつ機能が衰えているため、歯ブラシを思うように口の中で動かしていく事は難しいようでした。

このような状況では義歯を作っても使えるはずがありません。Aさんにとっては義歯を作っておいしく食事をすることが目的なのであり、義歯の型取りができるように口腔内環境を整える(それ自体も必要なことですが)ことが目標になってしまってはなりません。


※骨粗鬆症治療薬としてよく知られているビスフォスフォネート剤(BP剤)を長期に内服している場合、抜歯などの外科的歯科治療に関係して、顎骨壊死(BRONJ)という副作用が現れることがあるため、できれば骨粗鬆症治療を受ける前に歯科治療を終わらせておくことが望ましい。
ただし、骨粗鬆症治療に使用する薬剤はBP剤以外にも有効なものがあるので、骨粗鬆治療薬を服用していると歯科治療が受けられないということではない。

日常生活から口腔周囲の機能低下の原因を探る

そこでAさんから毎日どんな生活をしているのかヒヤリングしていきました。

 夜中2時過ぎに目が覚める事も多い。眠れない。眠剤を飲むこともある。
 5時には起きる。ベッドの中でボーっとしている。
 8時ころに朝食、食パンにバターを付けて1枚食べる。ブラックコーヒー(大好き)
 朝食後は何もすることがなく、ベッドの中でゴロゴロしている。
 昼食は食欲が出ないので食べない。ブラックコーヒーだけ。
 昼食後も何もすることがない。ベッドの中でゴロゴロし、昼寝もする。
 3時ごろ、ブラックコーヒー。
 夕飯は、バナナとブラックコーヒー。
 入浴は独りで入れないため、旦那さんの仕事の関係で三日に1度。
 20時には就寝。

生活上の問題点への提案

Aさんの生活からいくつか問題点が見えてきました。

歯磨きは一日2回していると話していますが、毛先が上手く当たっていないため、汚れがほとんど落せていません。
朝食のバターをつけた食パン、夕食のバナナ、ブラックコーヒーのみの食事で、咀嚼機能が低下しており、唾液の分泌が促せないために自浄作用も期待できません。口の中に汚れが付きやすく、落としにくい環境になっています。

コーヒーを飲むことが今の楽しみ、と話していますが、不眠症で睡眠薬を病院からもらって飲んでいます。カフェインの摂りすぎで眠れなくなっているのかもしれません。
毎日やることがなく、ベッドの上でボーっとしていると話していました。

これらの問題点から以下の提案をしました。

① 歯ブラシはヘッドの大きいものを使う
② キシリトール100%のガムを一日4回噛む
(残存歯が少なく歯周病も進んでいて思うように噛めてはいませんが、咀嚼・舌筋の機能トレーニングすること、噛む事で唾液分泌を増やすこと、キシリトールの効果からプラークの停滞を少なくさせることを目的としました)
③ うがい薬を使用してブクブクうがいで口輪筋を鍛える
④ あいうえ体操10回1セット
⑤ あいうえ体操のご褒美でコーヒー飲む
⑥ コーヒーはカフェインレスで
⑦ 食パンを穀物パン、バターをオリーブオイルに変える
⑧ 就寝は21時とする

これらを意識していただいた上で、生活の中にこれらの提案を取り入れてもらうようにすすめてみました。

 2時過ぎころに目が覚める事も多い。
⇒無理して眠ろうとしないで、トレーニング④(あいうえ体操)または②(ガムを噛む)
 5時には起きる。ベッドの中でボーっとしている。
⇒起き上がって②(ガムを噛む)
 8時ころに朝食
⇒メニューの工夫をして ⑦(穀物パンとオリーブオイル)
食後は①(歯磨き)・②(ガムを噛む)・③(うがい)
 朝食後は何もすることがなく、ベッドの中でゴロゴロしている。
⇒時間を決めて④(あいうえ体操)。できたら⑥(カフェインレスのコーヒー)
 昼食は食欲が出ないので食べない。ブラックコーヒーだけ。
⇒⑥(カフェインレスのコーヒー)を飲んだら②(ガムを噛む)・③(うがい)
 昼食後も何もすることない、ベッドの中でゴロゴロし、昼寝もする。
⇒時間を決めて④(アイウエ体操)。できたら⑥(カフェインレスのコーヒー)
 3時ごろ、ブラックコーヒー飲む。
⇒⑥(カフェインレスのコーヒー)を飲んだら②(ガムを噛む)・③(うがい)
 夕飯は、バナナとブラックコーヒー。
⇒食後は、(ガムを噛む)・③(うがい)
 就寝は21時。

これらの提案をし、2週間後にどこまでできたかを確認する約束をしました。次回の診療の様子を、また本コラムで紹介したいと思います。

義歯は使いこなせてこそ

Aさんの義歯作成目的は、美味しく食事が出来るようにすることです。そのためには、義歯が使いこなせなければなりません。
当面の目標は、義歯を作り使いこなせるように、口腔内環境の改善と機能回復のトレーニングを少しずつ高めていくことです。
「義歯を作る=食事が出来る」では決してないことを、家族や介助者は理解しなければなりません。
目的とそこに到達するための目標を明らかにして、その人の生活の中にトレーニングをうまく取り込んでゆいけるといいですね。

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