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要介護1の母と私の関わり番外編

要介護1の母と私の関わり 番外編「祖父の大往生」

今回は、母の話ではなく、私の夫の祖父(じい)の話です。

じいが先日104歳の誕生日を迎える2週間前に亡くなりました。明治44年4月14日生まれでした。100歳の誕生日には、野田佳彦内閣総理大臣(当時)から祝状を頂きました。
95歳までは、自宅で一人暮らしをしていましたが、転んで足の骨を折ってから、介護施設に入居し、8年間過ごしました。

じいは、本当に几帳面で真面目な気性でした。
私がお嫁に行った31年前、73歳から亡くなるまでのじいの生活は、朝は5時に起き、散歩をして新聞を読み、新聞や本の一説を毎日ノートに丁寧に書き写してから、朝食を食べます。
メニューは茶碗一杯のご飯とお味噌汁と煮浸しや納豆といったシンプルなものでした。
部屋も毎日まめに掃除し、読み終えた新聞も四隅をそろえて、丁寧に保管されていました。
身だしなみも毎日きちんと整え、歯磨きも朝晩しっかり行っていました。
お口の状態がどんなであったかは、孫の嫁である私には分りませんが、入れ歯ではありませんでした。
おやつに甘い物も食べていましたし、遊びに行くと、いつも炭酸ジュースを出してくれました。

一方、私が日常診察で出会う高齢の患者さん達の多くは、ご自分の歯を失っています。
入れ歯を使いたがらない方も少なくありませんが、正しい噛み合わせに調整された入れ歯を使ってきちんと噛み、食事を楽しんでいただきたいと思います。

「噛む」という行為は廃用症候群予防であり、脳への刺激は認知機能にも影響を与えると言われています。また、唾液の分泌促進による口腔の自浄作用も期待できます。

じいとは、 一度だけ近所の洋食屋さんで、外食をした事があります。
私たち夫婦が食べ終わっていても、大きなエビフライの2本目を、美味しそうに味わって食べているのが印象的でした。

そんな思い出を残し、じいは天国に行きました。
亡くなった日の朝、じいはいつもの時間に起床し、朝ごはんを食べました。昼ごはんも食べました。三時のおやつを食べて、車椅子に移動し、大好きな高校野球を見ながら、じいは息を引き取りました。
本当に幸せな、穏やかな旅立ちでした。

じいの考え方、生き方そのものが素晴らしかったことに加え、最後まで自分の歯で食べられたことも、大往生を支えたのではないかと私は思います。

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