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【ポケットエコーが描く在宅医療の未来】 ナースマガジン×GEヘルスケア・ジャパン

第3回:へき地医療の切り札、ポケットエコーの活用

本シリーズ特集で紹介してきた訪問看護師によるポケットエコーの活用。今や在宅医療は全国いたるところで展開していますが、都市部と地方では医師数・医療機関など医療インフラの格差、交通の便などに大きな差があります。そこで今号では、へき地医療の課題に積極的に取り組んでいる、和歌山県紀美野町立国保国吉・長谷毛原診療所の多田明良先生と多田先生からのお声がけでポケットエコーを訪問看護現場で活用している、訪問看護ステーションひかり海南の皆さんにお話を伺いました。

へき地医療の課題

 地域医療におけるへき地とは、「交通条件及び、経済的、社会的条件に恵まれていない山間地、離島その他の地域のうち医療の確保が困難であって無医地区及び無医地区に準じる地区の要件に該当する地域」と定義されています。地域ごとに異なる地理的・社会的な環境の課題を抱え、それが医師の偏在に拍車をかけています。

 医療現場で働く医師のへき地医療に対する認識について自治医科大学が2009年に行ったアンケートでは、医師らは「物的医療資源の減少」「専門外診療に関する不安」「家庭生活に支障あり」などへき地医療に多くの不安を感じていました。
和歌山県紀美野町立国保国吉・ 長谷毛原診療所 多田明良先生
 今回お話を伺った多田明良先生が活動拠点としている和歌山県も、人工89万5931人(全国総人口1億2447万人の約0.72%。令和5年4月1日現在)、高齢化率24.1%(全国10位)、30市町村のうち13が過疎地域、県土の77%が森林で人口のほとんどが和歌山市内に集中している「へき地」が存在します。

 地域医療を支える拠点である県内公立病院の医師数が減少しているにもかかわらず、救急患者数は減少せず、拠点病院の負担がますます増大する中、和歌山県は山間部の救急医療体制整備のため、ドクターヘリを全国に先駆けて導入するとともに、「遠隔医療の推進」を打ち出しています。


へき地でも質の高い地域医療を提供したい

 自治医科大学卒業後、長野県で小児医療に携わっていた多田先生が活用したのが、エコーでした。小児にCT検査を行う場合、被曝の問題や安全のための鎮静の必要がありますが、エコーであれば被曝も侵襲もなく鎮静も必要ないため、その使いやすさに注目していたそうです。

 その後の赴任先は現在の勤務先である「へき地診療所」、和歌山県紀美野町立国保国吉・長谷毛原診療所でした。医療インフラの不足する環境下で地域医療の充実を目指して積極的に活動する多田先生に必要だったものは、ここでもポケットエコーでした。

 「エコーは、腹部だけでなく胸部、心臓、頸部など様々な部位を診ることができると思います。へき地の診療所にはCTなどありませんから、エコーで様々な症状を確認して診断や看護師への指示に活かすことができると考えました。しかし、医師が少ないへき地で普及させるためには、看護師にもエコーを使えるようになってほしい、という話が以前より仲間の医師たちの間では出ていました。特に在宅では排泄ケアには絶対活用できるという感触はあったので、訪問看護師へのアプローチができないかとずっと思っていたのです」と振り返る多田先生。

 手始めに6事業所を対象としたWebセミナーを開催、2か所の訪問看護ステーション(のかみ訪問看護ステーション・訪問看護ステーションひかり海南)にポケットエコーを貸与し、動画による講義やハンズオンによる実技指導を行いました。読影のための画像や動画は個人情報保護に配慮された情報共有システムMCS(メディカルケアステーション)を使って共有し、多田先生が訪問看護ステーションに足を運んで指導することもあるそうです。

 「遠方で訪問機会の少ない訪問看護ステーションひかり海南は、私が行けない分、頻繁に画像を送ってくれます。回数を重ねるにつれ画像もきれいに撮れるようになってきて、私の診断や治療にも役立っています。初心者だからこそ気軽に使えることは大切な条件ですね」(多田先生)。



ポケットエコーを実際のケアに活かした例

①残尿量の可視化

入院中に導尿していたので、在宅でも残尿チェック。
次第に残尿量が減り、利用者が自尿で排尿できていることを可視化。信頼関係の構築にも重要だった。

利用者:「自分で排尿できていることが分かり、生活を組み立てる上で安心できた」

②排尿タイミングの調整

加齢により神経因性膀胱の疑いがあり、退院時に1日1回の導尿の指示。
エコーで残尿を確認しながら自排尿のタイミングを一緒に考え、現在は週に2回程度。

小西看護師:「膀胱の状態から排尿のタイミングを把握し、ケアに活かすことができた」

③尿閉の判断と迅速な処置

下腹部の膨満感が強いと緊急コール。大きな腫瘍や転移も見られ緊急受診の可能性もあったが、エコーにより尿閉と判断、自宅で訪問看護師の導尿で解決。

上野山看護師:「判断不可なら、主治医に電話、受診の準備、緊急搬送という展開になっていた」

④ターミナル期の対応判断をサポート

自尿はなく尿閉かどうかの判断にエコーを活用。尿はなく膀胱がすでに委縮し、体がドライになっていく時期であることを主治医、看護師、家族で確認。

家族:「ターミナル期であることを理解し、医療処置をせず自宅で過ごすことを納得して選択できた」


エコー画像を看護ケアの根拠に

 2022年4月にオープンした訪問看護ステーションひかり海南では、新規の利用者の治医である多田先生から声をかけられたことをきっかけに、エコーを導入するようになりました。看護師2名で多田先生を訪ね、マンツーマンで指導を受けた後は、訪問先で経験を重ね、次第に「出来たらすごいな」から「私たちでもできる」という自信に変わっていったとのこと。

 「膀胱は読影までできるという実感を持てたのですが、直腸エコーは今もまだ苦戦しています」と上野山綾子さん、小西里紗さんのお二人。

 「直腸に便がない空っぽの画像と便が下りてきている状態を比較して見てみたいですね。また、私たちの撮ったエコー画像がどういう状態を表しているのか、その画像の解析は正しいのか、隣で教えていただきたいところです」との要望はあるものの、お互いにすぐに行き来できない距離。だからこそ、画像をこまめに共有し、ICTツールを使って意見交換を行っているのだとか。「ゆくゆくは私たち看護師も直腸エコーをマスターし、質の高いケアに繋げていくことを目指したいと思います」と目標を掲げています。

 多田先生も「私が訪問看護師と一緒に療養者宅に同行してエコーができれば一番よいのですが、都市部と異なり難しいことの方が多いので、実際に関わっている個別の療養者の情報や画像を共有・フィードバックしあうことで、解析のコツをつかんでほしいと思っています。その積み重ねによって、膀胱以外のエコーも必ず読み取れるようになるでしょう」とへき地医療を支える訪問看護師の活躍に期待を寄せています。

 今回のオンライン取材を見守っていた訪問看護ステーションひかり海南の理学療法士下野有輝さんも、多田先生のYouTube動画を見てエコーを学び、「高齢者で腕が上がらない方の筋肉の断裂や損傷などを、エコーを使って訪問先で評価できたらいいなあと思っています。看護師だけでなく、リハビリスタッフも活用していきたい」と抱負を語ります。

 かつて、エコーのような医療機器は医師や特別な資格を持つ看護師が扱うものと考えられていました。しかし、医療・看護・介護を必要とする在宅療養者が増えてゆく中、救急搬送が難しいへき地ではなおのこと、日常的なケアで全身状態を整えておくことが求められます。そのニーズに応えるべく、地域医療の要となる訪問看護師や介護施設の看護師、さらに理学療法領域にもポケットエコーの活用を広げ、遠隔医療に組み込んでいくことで、地域格差を解消した質の高い医療の提供が実現するのではないでしょうか。
左より、下野有輝さん(理学療法士)、上野山綾子さん(看護師)、小西里紗さん(看護師)、嶋津裕介さん(管理者・看護師)
(2023年3月13日・15日オンライン取材)
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