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【VPDの基礎知識】 ~後編~
予防接種と VPDにおけるコミュニケーション

投稿日:2024.04.04

 前編 では「VPDとワクチン」と題し、感染症予防において、社会でワクチンが果たす意義や予防接種の役割、看護師をはじめとした医療従事者がワクチンやVPD(ワクチンによって防ぐことのできる病気)の知識を深める重要性などについてお伝えしました。
 
 後編では、ワクチンやVPDについての情報を被接種者に正しく伝えるためのコミュニケーションについて、その具体的な方法や、伝える上で医療従事者が知っておくべき情報などと合わせて考えていきます。被接種者が安心して予防接種を受けるためにどのような対策が必要なのか、看護師が被接種者とよりよいコミュニケーションをする際に押さえておくべきポイントについて、本領域の専門家である菅谷明則先生に伺いました。
菅谷明則先生
すがやこどもクリニック院長
日本小児科学会専門医 医学博士
「NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会」理事長

Q: 一般の方にワクチンについて正しく知ってもらうためにどんなことが重要だと思われますか?

A: 科学的に評価されたワクチンの有効性と安全性の情報、およびVPDに関する情報などを接種医療機関の関係者から提供することが重要だと考えます。

 ワクチンの有効性と安全性の情報、および、VPDに関する情報を、 医療従事者から正しく説明することが重要です。予防接種は感染症を予防する重要な手段の 一 つですが、 高齢者の肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチン、小児の新型コロナワクチンなどは接種率が低いのが現状です(1)。これは、ワクチンの有効性と安全性の情報、VPDに関する情報が被接種者や保護者に理解されていないことが要因ではないかと考えています(2)(3)。

 日本の予防接種には、 予防接種法に基づく「定期接種」と、予防接種法に規定されていない 「任意接種」 があります(図1)。特に「任意接種」に関しては、必要性を理解していない人や、接種費用の問題で受けることを躊躇する人もいると考えられるため、 医療従事者はワクチンを接種せず、 罹患した際のリスクとワクチンの副反応などの情報を正確に伝える必要があります。 正しい情報が伝わらないと、 ワクチンの重要性を理解することが難しくなるため、丁寧かつ分かりやすい説明をすることが非常に大切です。

 また、 教育現場でワクチンやVPDの重要性を学ぶことも大事なことだと考えています。 子どもの頃から正しい知識と継続的に関心を持ち続けることで、 ワクチンの重要性の理解を深めることにつながります。



Q: 中にはワクチンに対する漠然とした不安から、予防接種をためらう人もいます。そういった方に対して、看護師が貢献できることは何でしょうか?

Q: 過度な不安から接種の機会を逃さないよう、双方向でのコミュ二ケーションを図り、被接触者との信頼を構築していくことが大切です。

 世界的に 「Vaccine Hesitancy(ワクチンヘジタンシー:ワクチン忌避)」が課題となっています。WHO(世界保健機関)は、2019年に「世界の健康に対する10の脅威」のうちの一つに「Vaccine Hesitancy」をあげました(4) 。WHOは「Vaccine Hesitancy」の要因として 「Confidence(コンフィデンス) 」「Complacency(コンプレイセンシ―) 」、「Convenience(コンビニエンス)」 の3つの要因を指摘し、これらの頭文字をとって「3C,sモデル」 と呼んでいます(5)。
 「Confidence」 は、ワクチンの有効性や安全性などワクチン自体への信頼、接種に関与する医療従事者に対する信頼、ワクチンメーカーや行政などに対する信頼が含まれます。

 「Complacency」 は、「もうVPDは流行していない」「自分はVPDにはかからない、かかっても軽いから大丈」というVPDのリスクに対する独りよがりの安心感や自己満足を指します。
 「Convenience」は、接種に対する障壁を指し、 接種場所までのアクセスの困難さ、 予防接種スケジュールの複雑さ、ワクチンの供給問題、任意接種でかかる費用など、 接種に関する利便性のさまざまな問題が要因となります。
 ワクチンを接種する態度には「すべてのワクチンを接種する人」「一部のワクチンを接種し一部を拒否する人」「すべてのワクチンを拒否する人」など連続した段階があります。 ワクチンに対する正しい情報提供で信頼が深まれば、 接種を躊躇している人が、 接種する可能性が増えます(6)
 「Vaccine Hesitancy」 を減らすためには、 医療従事者との信頼を構築すること、 科学的データに基づいた情報を提供すること、 政策決定の議論の透明性を維持し、 倫理的で公平性を保障したワクチンの推奨を決定することなどが重要です。 私たち医療従事者が誤った情報を提供し、 コミュニケーションで不信感を与えてしまうと、「Vaccine Hesitancy」の要因となります。 医療従事者との信頼の構築は、将来の健康促進にとっても重要です。特に看護師は被接種者や保護者と接する機会も多いため、 信頼構築の重要な役割を担います。


Q: 予防接種に関して、実際に医療従事者からコミュニケーションをとることの大切さを感じられた経験はありますか?

A: 医療従事者が 一 丸となって、適切なメッセージをわかりやすく伝えることがポイントだと実感したことがあります。

 2001年の麻しんの流行時に、 小児科の医師らが中心となって、 全国規模で麻しんワクチン接種率向上のキャンペーン「1歳の誕生日のプレゼントに麻しんワクチンを」 が行われました (7)。その後、2006年からは麻しん風しん混合ワクチン (MRワクチン) の2回接種が始まり、2008年からは中学1年生と高校3年生を対象に5年間のキャッチアップ接種※が行われ、 さらに麻しんの報告制度も変更されて全数報告が行われるようになりました。 これらの結果として、2015年にはWHOから麻しん排除の状態にあると認定されています (8)。
 このことから医療従事者が 一 丸となってメッセージを発出することが非常に重要であると感じました。 また、 一 方的なコミュ ニケーションにならない工夫も、被接種者や保護者に適切な情報をしっかりと届けることにつながり、VPDのコントロールに大きく影響した例だと思います。
※キャ ッチア ップ接種とは
推奨されている時期に接種しなかったワクチンを、 その後に接種することをいいます。


Q: 予防接種やVPDについて説明する際に気を付けていることはありますか?

A:  有効性と安全性について丁寧に説明し、実際に副反応が起きた際の対処法を具体的に伝え、安心感を持って接種してもらうことを心掛けています。

 接種にあたっては、 そのワクチンの有効性と安全性について説明し、 今後の接種スケジュールを具体的に提案することも重要です。
 副反応については、 受診が必要な目安や対処法、 時間帯によらず受診が必要なケースがあることを説明しています。 例えば、 小児ではロタウイルスワクチンの副反応である 「腸重積」 の症状を具体的に説明し、 夜中でもすぐに受診が必要であることを伝えます(9)。
 一方で、 小児の結合型肺炎球菌ワクチンの接種後の発熱は、 発熱しやすい接種後の経過時間を説明します。 高熱が出ても哺乳が通常通りであれば、 受診せずに様子をよく観察し、 翌日の夜までに熱が下がっていればワクチンが原因である可能性が高いことなど、 具体的な説明を行います (10) 。
 あらかじめポイントを押さえてわかりやすく説明することで、 被接種者や保護者も安心感が得られます。 この安心感は信頼関係にもつながりますので、接種にあたっては必ず説明できるようにしておくことが大切だと思います。


Q:予防接種やVPDについて被接種者と話をする際、よりよいコミュニケーションを取るためにどのような準備が必要でしょうか?

A: 被接種者や保護者と接するすべての医療関係者が、 科学的根拠に基づいたワクチンの有効性と安全性に関する正しい情報を理解し、 自信を持って話ができるように準備をすることが大切です。

 繰り返しにはなりますが、 科学的根拠に基づいた情報をあらかじめ理解しておくことは非常に重要です。 中途半端な知識で誤解を与えるような伝え方は逆効果となり、 接種しない可能性があります。
 新型コロナウイルス感染症の流行下で、 誤情報 (ミスインフォメーション)や偽情報 (ディスインフォメーション)があふれる 「インフォデミック」 が問題となりましたが (図2)、その大きな要因にソーシャルメディアやインターネットの利用があります。 これらは情報収集に役立つ 一 方で、 偏ったメッセージの拡散も助長している側面もあるため、 医療従事者は、 誤った情報の拡大に関与しないよう配慮しなくてはいけません(11)。
 特に医療従事者は常に情報の正しさを評価し、 メディアが伝える情報に対してもその情報源の評価を行う必要があります。 被接種者や保護者に渡すリーフレットや説明に必要な資料などは、 学会や公的機関、 製薬会社のものなど、 信頼できるところから発行されているものをあらかじめ準備しておくとよいでしょう。 例えば、 予防接種のスケジュールの説明が難しい場合には、 信頼性のある情報源の資料をうまく活用すると、 説明もしやすくなるでしょう(図3)。
 これは医師だけではなく、 看護師や医療事務など予防接種に従事するすべての医療関係者に関わることです。そのワクチンがどのような人に必要なのか、 医療従事者がきちんと把握し、被接種者や保護者が知りたいときに情報を適切に伝えられるよう準備しておきましょう。
防接種法に基づく定期の予防接種は、本図に示したように、政令で接種対象年齢が定められています。この年齢以外で接種する場合は、任意接種として受けることになります。ただしワクチン毎に定められた接種年齢がありますのでご注意下さい。なお、一例を示したものです。接種スケジュールの立て方については被接種者の体調・生活環境、基礎疾患の有無等を考慮して、かかりつけ医あるいは自治体の担当者とよく御相談下さい。
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 VPDを予防するには、集団免疫の観点から接種率の向上も必要です。接種率の向上に寄与できるのは、看護師も含めた医療従事者の適切なコミュニケーションです。
 VPDのリスクと科学的に評価されたワクチンの有効性と安全性の情報を理解し、その情報を被接種者や保護者に提供することがとても重要となります。この機会にぜひみなさんも、被接種者との双方向のコミュニケーションについて改めて考えてみてください。
編集協力 : 菅谷 明則先生 提供 : グラクソ・スミスクライン株式会社
参考文献:
(1)厚生労働省 「定期の予防接種実施者数」 平成6年法律改正後(実施率の推移)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/other/5.html (2023年12月現在)
(2)Kaneko M, Aoki T, Goto R, Ozone S, Haruta J. Better patient experience is associated with better vaccine uptake in older adults: multicentered cross-sectional study. J Gen Intern Med. 2020;35(12):3485-3491.
(3)一般社団法人 日本感染症学会 「ワクチン接種におけるコミュニケーションガイダンス」
http://vaccine-kyogikai.umin.jp/pdf/Vaccination_Communication_Guidance.pdf (2023年12月現在)
(4)WHO 「Ten threats to global health in2019」
https://www.who.int/news-room/spotlight/ten-threats-to-global-health-in2019 (2023年12月現在)
(5)MacDonald NE, SAGE Working Group on Vaccine Hesitancy. Vaccine hesitancy: Definition, scope and determinants. Vaccine. 2015; 33(34): 4161-4164.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0264410X15005009 (2023年12月現在)
(6)NPO法人 VPDを知って、子どもを守ろうの会 「“Vaccine Hesitancy (ワクチンをためらうこと)”を考える」
https://www.know-vpd.jp/feature/dl_topics/vpd_nl_27.pdf (2023年12月現在)
(7)齋藤義弘 「我が国における麻疹、風疹の流行状況と今後の対策」
耳鼻咽喉科展望.2008;51(2):115-120.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo/51/2/51_2_115/_pdf (2023年12月現在)
(8)国立感染症研究所 「我が国における麻しんの排除状態の認定」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/index_00001.html#Q22 (2023年11月現在)
(10)NPO法人 VPDを知って、子どもを守ろうの会 「小児肺炎球菌ワクチン」
https://www.know-vpd.jp/vc/vc_nw_haienkyukin.htm (2023年12月現在)
(11)厚生労働省 「誤情報に惑わされないために。情報リテラシーの重要性と正確な情報の受け止め方 新型コロナワクチンQ&A」
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/column/0003.html (2023年12月現在)

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